Feel & Think


papa says


「必要なのは走り続けることじゃない
走り始め続けることだ」

というのの意味は、なんでもやってみなけりゃわからない、
やりたいことがあるならやるんだ、要はチャレンジだ!

なんてアホみたいな意味じゃない。

何度失敗しても何度挫折しても
絶望しても失望しても無力感に襲われても
もう一歩も動き出せそうじゃなくても、
今にも立ち止まりそうでも、
止まってしまっても、
今度こそダメでも、
また一歩を踏み始めなければならないよ
続くのならばそれはとてもいいこと
でももし途絶えても止まっても、
必ずその一歩を歩き出さなければならない
弱弱しくとも、ほとんど進んでなくとも
下向いてでもつまづいたみたいでも
なんでもとにかまたくスタートをきる
その繰り返しなんだ

そういう意味だ。
ポジティブでもネガティブでもない。
明るくもない暗くもない。
苦しいのだ。

物事や言葉を都合よくいい意味だけに解釈するやつって大嫌い。
もちろん否定的にとらえればいいわけではない。
ただ、その真意をとらええようという姿勢がないから嫌い。

喜劇は喜劇だけであっては、ただの愚かな産物でしかない。
この世で一番くだらないかもしれない。
喜劇の裏には、奥には、底には悲劇がなくてはならない。
必ず悲劇が必要だ。
悲劇を忘れて喜劇だけを見てはいけない。
悲劇を忘れていないふりをして実際は喜劇しかみていなくはないか。
悲劇を忘れると、必ず悲劇は顔を現す。
忘れてんじゃねーぞって、必ずやってくる。
悲劇とは死です。
悲劇とは無です。

よく心を動かして、
よく考えなければならない。


「その居心地の良さがドン底のドン底たる由縁。
誰かと繋いでるその手を離せ。
這い上がる為にその手を離せ。」

「上を向いてても、前を向いてても、下を向いてても涙はこぼれる。
歩いている限り涙はこぼれる。
ほっとけ、そんなもん。」

「積み上げてきたもので勝負しても勝てねぇよ
積み上げてきたものと勝負しなきゃ勝てねえよ
そして どんなにささくれ立った激闘のさなかにも
ぬくもりを忘れるな
愛する者のぬくもりを」