森の小さな小屋


森の小さな小屋

今思い返してみてもその場所はとても不思議な空間だった。
自分たちが普段、日々の暮らしを繰り返し、笑ったり泣いたりしている現実世界とは異なった次元にある、
世界からすっぽりと隠された場所のようだった。それでもそこにいる私たちは、誰もが限りある短い時間を
めいっぱい楽しんでいたし、誰もが余計なことを口にすることもなかった。それは言わない方がいいとか、
言ってしまっては興醒めだとかそういった種類のことではなく、言ってはいけない、というその場所が隠さ
れたおはなしの世界として存在し得る唯一のルールだった。そして誰もがそのルールを完全なまでに守った。

鍋には鶏の肉が煮え、ゆげがいつまでもたっていた
お酒がすすみ、みなの声がたからかになっていた

その空間は、やさしさや楽しさや愛おしさで満たされてむせ返るほどにあたたかく、そこにいるみなが今にも泣
いてしまいそうだった。そのおはなしのような場所が美しいのではなく、その場所からまたいつもの
現実世界に帰る最後のその時までここにいたいと思う、人々のその一生懸命な思いが美しかった。

さようなら、森の小さな小屋。
多分もう、ここに足を踏み入れることはできないのだろう。
この場所から何かを持ち帰ることも、この場所を他言することもできないけれど、私たちはあの美しかった
時間を思い出すことができる。

それは愛するということ、愛されるということ、
そのほかには何も余計なことがない完全な時間。